カウントダウン「0」。眠れぬ日々をいかに過ごすか。

カウントダウン「0」。眠れぬ日々をいかに過ごすか。

それはカウントダウン1(釣行前日)の夕方に起こった。

釣友からの荒天欠航のお知らせ。

精神が音を立てて崩れるような知らせだった。

今までの筋トレの成果をどうすればよいのか分からずに上腕二頭筋が少し自発的に悲しみをなぐさめるように収縮運動をした。

 

とりあえず今は状況の整理をするしかない。荒天欠航とはしょうがないことじゃないか・・。

自分を落ち着かせながら落ち込む脳を立て直すために、職場の同僚達へ一報する。

そんな土曜日の夕方。加速度を上げていく師走という魔物に置いていかれ、年末までにやらなければならない仕事が蓄積し、なかば逆宙吊り状態の人間は私の他にもたくさんの同僚がパソコンに向かっていた。

 

「明日、中止になったっス・・」

同僚たちのキーボードを打ち込む音が止まる。

「じゃぁ・・じゃぁ・・もうジャカジャカしないのかね?」

おそるおそる聞いてくる後輩に向かってゆっくりと深く頷く。どうやら、かなりうるさかったようだ。すまない。他の同僚が僕に問いかける。

「年内には魚が貰えないってこと?」

おそるおそる聞いてくる同僚に向かってゆっくりと深く頷く。この同僚、僕の上の空状態の業務を肩代わりしてくれていたのだ。寒ブリと引き換えに。すまない。窓際の上司が僕に問いかける。

「じゃあ・・やっと仕事に集中できるって・・」

上司が喋り終わるよりも早く首を左右に振り続ける。まだだ。僕はまだ終わった訳ではない。まだきっと他に手はあるはずだ。

僕の目は燦然と輝いていたはずだ。僕の目をしっかりと見た上司はゆっくりと椅子に座って小さくため息をついたようだ。すまない。

その後、絶対に仕事が出来ない気持ちでいっぱいだったので、仕事をする同僚を置いたままにして帰路につく。すまない。

 

今回の最難関にして大山、自宅の玄関を開ける。なんだか、クリスマスの匂いがした。そんな匂いなんてないのだが。

 

「明日、破天になったから釣りは中止になったよ。だから、家族で何処かへ行こう。」

そう言うと、急に力が抜けるようにどっと疲れた。ソファになし崩しにうつ伏せに倒れると、長女がその上に乗り「お馬さんごっこ」がスタートした。そんな気分ではなかった。そもそも馬になんか一度もなりたいなんて思ったこともない。未来永劫馬になんかなりたくない。それでも、馬になるしかなかった。

長女を背中に乗せて四つん這いで這うようにして、リビングから玄関へ。玄関からリビングへ。リビングから寝室へ。寝室から玄関へ。

僕の背中に乗る子供は「お馬がパカパカ走るよー」と上機嫌に歌い続ける。

目の前には玄関。この扉を開けて通路冬将軍が覆い尽くした世界までお馬さんごっこでもしてやろうか。そうすれば、僕の気持ちも晴れるだろうか・・。確かに疲れるだろう。しかし、長女が風邪をひくと怒られるのは僕の方だ。

キッチンまで四つん這いで戻ると、妻が言う。

「じゃあ、年末にタイは食べれんのやね・・」

そもそもマダイを狙うつもりで釣行するつもりなんて毛頭ない。そんな気持すらないのだが、喋ると今回の悔しさがどっと滲み出し、すぐにダムが決壊するように悔しさが溢れ出した。

僕はその悔しさを妻にぶつけるように喋る。喋り続ける。妻は右から左に受け流すように聞いてくれた。さすが妻。四つん這いで吐き出す僕を見下しながら聞いてくれた。

「他にさ、行ける日あったら行ってみたら?」

そう妻は言うが、クリスマスからの大晦日。つまりは家族奉仕からの大掃除。ふざけんな!行ける日なんてねぇじゃねぇか!

「うん。とりあえず、風呂に入ってゆっくり考えてみる」

それがいい。と妻は言う。子供を背中から降ろして僕は湯船に浸る。湯船。ふね。ふざけんな!

なんだか至るところに蔓延る釣りに繋がる文字に反逆極まりない気持ちが湧き上がる。

 

湯船。いや、熱いお湯に浸りながら、スケジュールを見極めていく。

予定と予定の隙間・・。予定と予定・・。

そのような点を線に何度もそれぞれの点を結びつける試行錯誤を繰り返す。

 

そして、答えが出た。

25日・・行けるんじゃね?

さらに天気予報を見ると、若干安定している気がする。

もう、善は急げである。風呂を出た。

 

さっそく妻にその話をすると苦々しい顔つきになった。ちょっとした殺意とでもいうのだろうか。しかし当然の顔である。そうなるべきである。本来、おかしいのは自分の方なのだから。そして、何よりもその日はクリスマスなのだから。

クリスマスの予定すべてを26日に持っていこうとする自分の善とクリスマスはクリスマスで25日以外はクリスマスではないとする妻の善。善と善のぶつかり合い。正と正のぶつかり合いが始まったのである。当然、折れなければならないのは自分の方だ。おそらく自分は正ではあい。僕の正はマイノリティ過ぎるのだ。

なんだか、クリスマスクリスマスと言いすぎて、トラウトの名前のような気がしてきた。クリスマスってニジマスの親戚だろうか・・?

 

そして、次の日。

本来であれば、きっと僕は船の上で意気揚々と前途洋々とワンピッチジャークを繰り出している時間に目覚め、昨日は何事もなかったように家族奉仕に努めた。そうすることで、昨日のことを忘れようとしていた。クリスマスに釣りに行こうとしたことも、釣りがしたかったことも、僕の趣味が釣りだとういうことも忘れようとしていた。

しかし、それは当然無理なことで些細な拍子に狂いそうになってしまう。僕はそれを発狂と例えている。一種の病気だろう。アングラーの性。

 

そんな23日の家族奉仕も終盤に差し掛かり、長女が撮り溜めているジブリ作品の中から「もののけ姫」が観たいと言い出した。もうすぐ3歳を迎える長女に「もののけ姫」を観せていいものか判断に迷うが、本人の自主性を尊重する私は当然のことながら「もののけ姫」を観る準備に入る。なんとなく、長女に他のジブリ作品である「魔女の宅急便」や「ハウルの動く城」などの選択肢を言うも、「もののけ姫」の一点張り。そこで悲劇が起きる。

 

録画した一番最新の位置に「ザ・フィッシング」が録画されていたのだ。

その拍子に、薄っぺらいトタンで塞いでいた板が剥がれ、そこから膨大な記憶のかけらが溢れ出す。アシタカの右腕の祟神の呪いのように蠢く。

しかし、妻の顔を見ると落ち着いた。釣欲よりも僕の自制心が勝った。おかげで、ザ・フィッシングを観ることもなく「もののけ姫」をスタートさせることができた。

 

確か、鎮西の乙事主が初登場したシーンだっただろうか。妻が言う。

「25日の船、何を釣ると?」

僕は「まだ決めていない」と答える。

「タイが釣れるなら行ってもいいけど・・。ちゃんと夜には帰ってくるよね?」

心拍が急激に上がることを自覚しつつ、「うん」と答える。

「夜にクリスマスパーティーがあるから、それまでに帰ってくればいいよ」

テレビの画面では、乙事主がジコ坊を見つけて叫んだ。それに続くように僕も叫びそうだった。

「ありがとう!」

 

そこから遊漁船を検索検索検索・・。

見つかった。即電話を入れてみる。駆け込みではあるものの、予約を入れることができた。

しかも、寒ブリジギングとタイラバのリレーでの出船とのこと。

妻にそのことを伝えると、ゆっくりと頷いた。

 

カウントダウン「0」となった日。僕に「+2」というものが加算された。命が繋がれたものの、北風の強い玄界灘という荒波に乗れるかはまだ分からない。

釣友と共に釣りに行けなかった23日。この日の思いを。4人分の思いをこの日にぶつけるつもりだ。

 

慎ましき生活を送れば空は晴れるか

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