サクリファイス

サクリファイス

眠れない夜は嫌いだ。気づかなくてもいいことにばかり気づいてしまい眠れない夜が終わった。

午前4時30分に出発する予定のはずの船は、皆の集合が早かったことで10分ほど早く暗闇がそそぐ夜の港を出港した。

2ヶ月も前から釣友達と予定を合わせて予約を入れていた一昨日の釣行が荒天欠航となってしまって、僕は空いている遊漁船を見つけて単独で予約を取り、今その船の一番後ろの船室の椅子に座り、全然眠れる気配のない高ぶる感情をそのままにして目を瞑る。

今日この日この時間、僕の横に釣友がいない。釣友達は仕事で行くことが出来なかった今その現実を振り返る。それを思うと単独での釣行を選んだ自分ではあるが少し後悔している気分になる。しかし、きっともし今日を行くことを僕が選ばなかったら、その時の僕はきっと今のこの未来をまぶしく思うのだろうと考えに辿り着き、この船に乗って良かったと思うことにした。

港を出て湾奥から湾内へ入ると、徐々にキラキラと光り輝く都会がかなりゆっくりと確実に遠ざかっていく。船室は今のうち眠れと言わんばかりに暗く、そのうえ知らない人ばかりということもあり、最初の挨拶をするくらいで他に喋ることもなく、ただただエンジンの音がうるさく聞こえるだけの空間に手持ち無沙汰が極みに達し、寒さに耐えるように僕は瞼を再び閉じたけれど、エンジンの音とこれから始まるであろう期待のせいで瞼を閉じても眠れず終いで、iPhoneの音楽をひたすらランダムに再生しながら持て余す時間を潰すことに決めた。

 

イヤフォンを通じて鳴り響く音楽は、なんと例えればしっくりと言葉に馴染むか迷うが、普段なら耳から脳を通って心臓を伝って心に響く音が、今はなんだか耳から直接心に響いているような気がする。男性のヴォーカル。女性のヴォーカル。日本。アメリカ。ロック。ポップ。フォーク。いろんな歌の種類に心がいちいち反応して、それに共鳴して歌いたくなり、歌詞が深く浸透することにより感動し、歌に合わせてリズムを刻みたくなる衝動がこみ上げてくる。それは日常では考えられないほどに直接響いた。とにかく今は歌って凄いなと思うばかりだ。音楽だけに集中できる移動時間は最高に有意義だなと感じた。日常のあらゆる隙間に存在する小さな時間の数々がある。それを使って明日からは音楽を聴くための時間を作ろうと思った。きっとそれは起伏の少ない薄っぺらな日常に彩りを増やすことになるだろう。

 

眠ることなく音楽を聴き続け、気がつけば足元はかなり冷たくなっていて、その冷たいゾーンを血液が巡って心臓に登っていくから膝下まで冷たくなっていた。イヤフォンを両耳からはすじ、今は一体どこなのだろうと外を眺めると、距離感不明の真っ黒の輪郭をした小呂島が握りこぶし程度に大きくそびえ立ち、徐々に分からない程度に小さくなっていく。

どうやら博多湾を抜けて玄界島を越え、さらに小呂島を越えていた。時間はかなり経過したと時計を見ることもなく分かった。未だに空は真っ暗で空と海の境界は、空側に月の光に当てられた雲があるおかげで分かった。

空にはこんなに光る星があったのかと思うくらいに金星が強く輝いていた。写真に残してもどうせ分からない感動だと思い、写真を撮ることはしなかったが、空は暗闇からゆっくりと明るくなろうとしていた。船のスクリューが編み込んだ波の彼方の水平線に、どう例えていいのか分からないような深い青色。群青よりもさらに暗い青の世界が見える。

もうこれだけで、今日ここに来て乗って良かったと思えた。船はさらに遠くへ遠くへと突き進んでいく。

 

もう少し時間が経った。スマホを見ると4Gのままだったからグーグルマップで現在地を見てみると、壱岐の真北を通過しようとしていた。その頃から、水平線の彼方から強烈なオレンジ色を放つ日の出の予兆が現れていた。こんな色、初めてみた。夕日よりも朝日の方が凛とした色の変化がある気がする。僕は朝日の方が好きだ。そう思った。

そんな朝日を見ながらも、右を向けば壱岐の北側が遠くに見えていて、もうそろそろ釣りが始まるのだろうとワクワクして、すぐに朝日の綺麗さよりもそっちの方に興味が湧いてしまった。

 

船は七里ヶ曽根を少し過ぎた北の方で止まった。辺りはまだ強烈な朝焼けに染まっていて、見渡す限りのいたるところにたくさんの船が散らばっていた。エンジンの鼓動がゆっくりと小さくなり、乗船者が眠りから覚め始めて、綺麗な朝日の写真を撮っている光景を薄目で見ながら、僕はイヤフォンで耳を塞いで眠っているように振る舞った。しかし、年配の乗船者がセッティングをしにミヨシ側へ向かったので、すぐに音楽を止めて準備に向かった。

 

 

 

朝焼けに染まる空気を吸い込みながら、移動中に迷いに迷った末に絶対にこれにすると決め込んだ、300gのゼブラグローのジグをチョイスし、スプリッドリングに装着させていたら、船長からのアナウンスで「準備できた方から落としていいですよ」と聞こえたので、僕だけ手動ジギングということもあり、ミヨシの釣座をスタートフィッシングよりも前に貰えていたので、乗船者の誰よりも早くジグを海に落とした。真下に落としたジグは海底に向かいながらも、ラインは右斜め前をゆっくりと流れていく。1m刻みの間隔で5センチほど白くなっているはずのPEラインが朝焼けによってオレンジに見えた。そんなオレンジ色の点が、連続的に海に吸い込まれていく。しかし、そのラインが明らかに着底までたどり着く前の段階で止まった。着底には早すぎる。まだ落下して30mくらいしか落ちていない。ラインテンションをすぐさま張ってアワセを入れる。

引き重りはあまりない。ということは、あまり大きな魚ではない。しかし、首をよく振って暴れるのがラインを通じて分かった。ポンピングでラインを回収しなくても相手の頭が上に向いている時に容易く回収できた。もうすぐリーダーが入る頃になって、海面直下に50センチクラスの大量のシイラの群れが出現した。今掛かっている魚の正体が分かった。

海面直下になって急に暴れるシイラをタイミングを見計らってロッドのパワーで船上へぶり上げて、フックをすぐに外す。ありがとう。と、心で言いながらシイラをリリースをして再びジグを落とした時だったと思う。僕の右側にの釣り座にいる乗船者のロッドが曲がっていた。シイラの層をかわしてジグを着底させ、ノープレッシャーの魚を掛けることに成功したのだろうと羨ましく思った。シイラさえ掛からなければ、きっとその魚は一番最初に海に沈めた僕のジグに喰っていたはずだ。悔しく思う。

その人のファイトを見ていたら、再び僕のラインが止まった。しかも、かなり上の層で。絶対にシイラだ。その人の魚が船長のタモにすくわれて60センチくらいのマダイだと判明した時、僕は3尾目のシイラを船上にぶりあげていた。4尾目をぶりあげた時に、皆が皆シイラが掛かってしまう状況になったことでポイント移動することになった。

 

3分もしないうちに次のポイントに到着した。すぐさまジグを海底目指して落とす。今回は乗船者全てが同じタイミングで海に向かってジグを沈めた。

風を切るようにスルスルとスプールからラインが飛び出していく。自分だけスピニングリールでスプールにラインが当たっているせいなのか、ベイトリールを使っている他の乗船者に比べて着底するのには時間が掛かった。着底の早さはベイトリールが有利なのだろうとまた一つ勉強になった。いつかベイトリールを買おうとも思った。

 

水深110m前後。そんな海底ではどんな光景なのだろうか。そんなこと考えてもただの想像に過ぎないことは分かっているが僕の300gのジグは、この海域でもしっかりと着底することが出来た。

しかし、今までにないくらいにきつい釣りだと思った。

普段200gにも満たないジグに使い慣れているせいなのか、初めて300gという重たいジグを使っているせいなのか、110mという水深での引き抵抗が加わっているせいなのか、おそらく全ての要因が重なって今までにない引き重りを感じながらワンピッチジャークを連続で繰り出していく。当然ながら連続的なワンピッチジャークは辛かった。コンビネーションジャークはさらに辛い。それを回収する作業も苦痛だった。後方の乗船者たち。つまり、電動ジギングでは楽々と回収できている様子を見て、かなり羨ましく思った。絶対に手巻きの僕よりも楽で手返しも良い。また一つ勉強になった。

 

何度目かの着底と回収を繰り返していると、10回ほどしゃくった時だろうか。ズシンとした重みを知覚してアワセを入れる。最初は海底に向かって強く走ったものの、ズリ巻きでは重たくてポンピングでは比較的軽い中途半端な重みのある魚の掛かった100mものラインを必死の形相で回収していくと、正体は50センチほどのアオハタだった。美味しい魚。まずまずの嬉しさ。しかし、狙うはブリ。とにかく一匹をはやく引きずり出したい。しかし、このアオハタ。根魚だから、ボトム層で喰ってくるのが常なのだが、追い喰いしたのだろうか。それともその層を停滞するように泳いでいたのか・・。分かっていることは、その層で根魚でも喰えるくらいに僕のワンピッチジャークが緩慢になっているということだ。もう少しシャープにジャークを入れなければ青物に見切られてしまう・・。と思った。

 

船長は10分単位で誰も釣れなければポイントをどんどん変更した。ポイント移動はだいたい3分くらいで新たなポイントへと辿り着く。どんな基準でそのポイントにつけているのか分からないが、船長が船を停めた真下には必ずといっていいほど濃いベイトの反応が魚探に写っていた。そのベイトの層が海底から上であればあるほど、しゃくる回数が増えて筋力的にきつくなる訳だが、明日死んでもいいくらいの覚悟でしゃくり続けられる意思を持つ自分にとってはどうでもよいことであった。とにかく狙いの1尾が欲しい。

 

ワンピッチジャークを繰り出しながら、ふと思った。

七里ヶ曽根という海域の上に立っていること。

その海域で釣りをしていること。

僕のような人間が此処にいること自体が奇跡のような気がして、当然そう思うということは無駄な時間を消費したくはない訳で。ただ、300gのジグの負荷は今の自分にはかなり耐え難い。次回はもっと筋トレをして、300gを使いこなせるように努力しよう。次のポイント移動で220gのジグに変更した。

 

その一投目。思っていたとおり300gのジグよりも着底は遅い。300gでは1回の回収で3回は着底と連続的なワンピッチを繰り出すことが出来たが、220gでは着底した時のラインの角度を見て、1回の回収で2回しか着底が取れないだろうと思った。それ以上は乗船者とのお祭りの可能性もある。邪魔はしたくない。

ただ、ジャークの引き抵抗は限りなく軽くなった。どちらかというと、普段やっている60m前後の海底をしゃくっている間隔に近くなった。しかし、回収の時間が増えるということは釣果に繋がる可能性を低くするリスクを伴う。僕は今、他の乗船者よりもリスクを背負っている。

僕が50mほどの1回目の攻めが終わって2回目の着底をするためにベールを起こしたすぐに、電動組の一人がヒットに繋げていた。その矢先に一番後ろの乗船者のロッドも曲がった。連続ヒットだ。間違いなく今、この下にはスイッチの入った魚がいる。そのレンジさえ通せば必ず喰ってくるだろう。そう思い、早く着底することを待ちにまった。

ラインの放出が止まった瞬間にベールを戻し、ジグを海底から引き離す。なるべく力まず、釣れろ釣れろと殺気を出さず、いつもどおりのワンピッチジャークをすることを意識して1回目のジャークを入力。すぐに2回目のジャークを入力した時には魚が掛かっていた。喰った。この引き重りと引きの強さと首を振る躍動感。絶対に青物。110mの格闘が始まった。

ズリ巻きを諦めてポンピングに切り替える。ドラグは出そうな重みを感じるが出されることはなく、ただただ脈動感と重さだけがラインから伝わる。間違いなく5キロ未満の魚だ。いつもの海域なら楽勝で喋りながら楽しむレベルにも関わらず、深場から引き上げるのにかなり苦労する。僕のポンピングの速度が重さによって遅いから、ポンピングとポンピングの合間に魚の頭が上から下に向いてしまうようで、いちいち重い。もうすこしポンピングの技術や速さが身につけば、もう少し楽になるのだろうが・・。大振りのポンピングから小振りのポンピングに切り替えると、多少のパワーセーブができたものの、今度は上腕部の苦痛よりも握力に負担が掛かった。

必死の形相でリーダーまで回収した頃には海面からヒラマサではなくブリだと認識できる魚体が浮上した。残る力を絞って取り込みを終えて一息をつく。心臓が心地よく脈打つ鼓動を認識しつつ、ポンピングで消耗した右の握力が苦痛から解放されて笑っている。釣れたのは4キロほどの丸々と太ったヤズだった。先にタモ入れされていた電動組のヤズも丸々と太った同じサイズのヤズだった。これまで、このヤズよりも重量のあるヤズを釣り上げたことがあるけれど、今まで釣ったヤズの中で一番疲れた。

 

2尾目も電動組のヒットの後に喰わせることに成功した。

1尾目と違って、しゃくりを30回以上やったあとに喰わせた魚だったから、その辛さが上乗せされた辛いファイトになった。1尾目でいけなかったことは、焦り過ぎてポンピングを力んだことだ。電動に負けたくないと焦り魚のパワーのそれ以上の力でねじ伏せようと余分に筋力を使ってしまった。今度はロッドの弾性を利用しながら、魚の頭が上の方向に向いた時に小振りにポンピングをしながら巻いていく。1尾目よりも大きいようでドラグ音がジジジジと鳴り、スプールが逆回転してラインが数十センチほど何度も反転される度に出された。しかし、それ以上出されることがない。この魚がそれほど大きい魚ではないことも分かった。おそらく5キロ前後。残り20mくらいになって、船底が見えたのだろうか。よく暴れたが1尾目よりも筋肉を無駄に酷使することなくキャッチすることが出来た。ただただしんどい。しかし、ただただ楽しくて心地よかった。

 

火照った身体と釣りあげた余韻を残しつつ、再びロッドを握りしめ、すぐさまジグを海へ放つ。

いつの間にか朝焼けが終わっていた。おそらく結構前から終わっていたのだろうが、今になって気がついた。

ラインが海底へ向かってスルスルとスプールから滑るように放たれていく。その間、僕は2尾目をどのように釣り上げたのかについて、興奮のせいで飛び散った断面と断面でしかない無数の記憶をトレースしながら再構築させていく。

 

2尾目も1尾目と同じで電動による高速ジャークによってスイッチの入った魚が電動のジグに喰った。そんな半ば興奮状態となった群れが僕のジグに喰ってきた。僕はそう捉えている。

つまり、自分で釣ったとはいえない。電動ジギングによって誘発された魚たちだ。手巻きでも釣れる釣り方を見つけたいし、10キロ級のブリを引き出したい。何かしらのパターンを変えるべきだと思った。今のやり方では同じサイズは釣れるが、ブリ級が出ないことが分かっている。だったら、今すぐにでも別のジグにチェンジした方が良いのではないか?では、そうすることで釣れなくなってしまったらどうする?でも、5キロサイズを何匹も釣るよりは10キロを出すために試すことをひたすら試した方がよいのではないか?例え結果が出せなかったとしても・・。

あらゆる方向性に飲み込まれているとサミングしている指が着底を告げた。すぐさま思考を停止して今まで通りのしゃくりを繰り返していく。あらゆる方向性の渦に絡められた僕の思考は着底と同時に今までのやり方で釣果を伸ばす選択を選んだようだ。

「結果」と「過程」の二択の選択で結果を選んでしまった自分にロマンがないし結果に貪欲だなと思ってしまって笑ってしまった。今日はソロでの出撃。いつも釣りに誘ってくれる友はいない。きっと、友に結果を見せつけたいのだろうと思う。だからこそ、休んでいる時間はない。そんなことを考えてみるが、すでに疲労と苦痛で感情も感覚も機能していない。何をしても笑い出したい気分だ。なぜか希望だけは漲っている。

 

4回目か5回目のポイント移動の後だろうか。船長が船の頭の向け方を変えてくれたおかげで僕の目の前を伸びるようにラインが流せられるようになった。これは好機と、ひたすら前へ前へ遠くに流れていくジグを一切回収することなく、しゃくりと着底を繰り返す。

そのラインの角度が45度ほどになった時に3尾目が掛かった。底を切ってから10しゃくり目くらいに喰ってきた。これは間違いなく手巻きで喰わせたものだと断言できる。電動にはできない横のネチネチと攻めた釣り方。自分の釣り方がこの七里ヶ曽根という海域でも通用することが分かって嬉しくなって、それが感動となって涙腺が少しだけ震えた。心は嬉しさと苦痛が激しくぐちゃぐちゃになりながらも流れてしまった140mのラインをゆっくりと回収していくと、5キロサイズのヤズが船上にすくわれた。砲弾のように胴回りが丸々とした綺麗な魚だった。

おそらく、今までブリという魚を釣ってまだ四肢の指で数えられるくらいでしかないが、今のところこの魚がブリという魚を釣った記憶の中で一番感動したことに上書きされたようだ。それくらいに本当に嬉しかった。

 

次の投入で4尾目が掛かった。3尾目と同じ方法で同じ層で喰ってきた。連続でヒットをしたことで船上から「すげーな」と声がしたし「頑張れ若者」という声もした。その声のせいで力みが入った無駄に疲れた。ぜぇぜぇ息を上げながらも4尾目が船上に横たわった。これで今のところ僕が一番ヤズを釣り上げている。おそらく乗船者たちは2尾までしか釣り上げられていないはずだ。ただ、さすがに4尾目は疲れた。ポカリスウェットで喉を潤そうと思うもキャップを開けることが出来ないくらい握力がおかしくなっている。何度目かの挑戦でキャップを開けることが出来て水分補給に成功した。ふと思い出したようにジグのフックを確認したところ別に異常はなかった。リーダーも特に異常はなさそうだ。汗ばむくらいに高まった体温が下がるまで、一番外に来ていたアウターを脱ぎ、疲労の激しい上腕部の筋肉や肩周り、握ることに使われた筋肉をひねるように伸ばしていると、次のポイントへ移動することになった。移動中の身体にぶつかる風が気持ちが良かった。

 

それ以降のしばらくの間、手巻きにも電動にも魚が喰い付くことはなかった。潮止まりに近づいていることは知っていたし、潮の動きもジグをしゃくりながら気づいていた。何だか底から30mまでの層の間は潮が動いているような気がするが、それ以上の上の層では潮が動いていない気がする。ジグがやけに俊敏に跳ねる感覚というのだろうか。しゃくっているのに、今までのしゃくりよりも軽い感覚。今までのやり方ではきっと通用しないと思い、シルエットの小さいタングステンに切り替えた。160gのジグだったけれど、着底は明確に分かった。

潮が効いている層で一瞬だけ魚の反応を捉えたものの、アワセた時にはラインからの脈動は抜けていた。ただただ悔しいだけだが、シルエットを小さく変えたことが正しいということなのだろうと捉え、ジグチェンジをせずにこのまましばらく使い続けることを決める。しかし、それ以降は何の変化もなく完全な潮止まりを迎えた。底の方だけ辛うじて効いていた潮も止まった感覚がする。

 

乗船者たちは潮止まりを迎える前から各自昼ごはんを摂ったり、小休止するなどしていた。僕はといえば、ひたすらジグを海底に沈めてはしゃくり上げる労働のような作業をひたすら続けている。本当に時間を浪費することが勿体無いと思っている。釣れなくてもしゃくり続けたい。そう思っている。

暇を持て余した船長が僕に話しかけてくる。

「手巻きでよう頑張るね」

「来年からは電動にしようと思います」

「手巻きの方がきついけど面白いと思うよ」

「本当にそう思ってますか?船長、顔が笑ってますよ」

「若い時にしか出来ん釣りやけんね!頑張りんしゃい。そういえば、潮が止まってからマグロも跳ねんごとなったね」

そう言われて気がついた。ボラのように朝からどこかで跳ねていた10キロクラスのマグロが跳ねなくなっていた。さらに気づいたけれど、点在している数多の船も移動することなく海面にただ浮かんでいるだけである。

「こういう時に大きな奴が釣れるけん、しっかりしゃくりぃよ。いつ潮が動き出すか分からんけんね」

そう言って船室へ戻っていった。

そうアドバイスされた矢先、明らかに中層でジグが止まっていた。おそらく40mくらいの深さでジグが止まり、ラインが海に吸い込まれずに漂うだけとなっている。

すかさず、ラインを回収しアワセをいれる。

「お!マグロやない?」そんな声がどこからかした。僕も思っている。その想定でアワセをいれては巻いて再びアワセをいれては巻いていく作業を高速で繰り返す。いつマグロが急激に走ってもいいように重心を低くしてポンピングの体制まで整うも、待っても待ってもファーストランが始まらないし引き重りがまったくしない。どうやら小さな魚が付いているようだ。微かな脈動感がラインを通じてロッドに伝わる。ポンピングの体制から再びズリ巻きに戻してラインを回収し、海面に姿を表したのは巨大なマフグだった。番のようでどちらが雄でどちらが雌か分からないが釣られていない1匹も海面まで付いてきたが、針に掛かったマフグが船上にぶり上げられると、すぐに海底目指して潜っていった。

 

そのころになって、電動組のリフレッシュタイムが終了したようで、ゆっくりとジグを海に沈める。しばらくすると、沈黙を食い破るような電動の悲鳴が聞こえた。それに続けとばかりに3人が同時にヒットとなった。どうやら潮止まりが終わり、下げ潮に突入したようだ。しかし、僕はそれに続くことができなかった。上げ潮の時に活躍してくれた220gのジグにチェンジする。

 

怒涛の勢いで電動組が釣り上げていった。ある電動の人は、立て続けに4尾を釣り上げていた。この人は午前中に2尾のヤズを釣り上げていたから、おそらくこの人が現在の竿頭だろう。すでに6尾も釣り上げている。しかも下げ潮に入ってから、ヤズのサイズが大きくなり、アベレージで7キロクラスになっている。群れの違いか食い気の違いか。考えても分からないが、釣れれば5キロサイズよりも胴回りが丸くて太ったブリが船上に横たわっていた。どうにかしなければと焦るも、そんな自分の操るジグにサイズアップしたブリは喰いつくことはなく、ブリジギングが終了となりタイラバに移行することになった。

 

15分くらいでタイラバの海域に移動した。水深は110mと船長は言うが、ブリジギングとなんら変わらない水深と景色だからジギングがしたくなる。違うことと言えば、今まで密集した星のように集まっている中に船がいたけれど、今はそんな密集地帯の外側に移動したことくらいか。それ以外はほとんど変わらない。しかし、ストップフィッシングまで残り1時間とのこと。

船長からは、青物もいるからジギングでもいいよ。と言われたがタイラバを選択することにした。乗船者も二分されたようにタイラバをする人と電動でジギングをする人に分かれた。僕はブリよりもマダイを欲しいがる妻のために1枚は絶対に欲しかった。

最初のポイントではあたりがなかったからすぐに移動。

その二回目の移動で着底とズリ巻きを何度か繰り返していると何かが喰ってきた。ドラグが出るほどの引きはなく、青物のような突っ込む力はない。ただ、反転後の鋭さは青物よりも速い。海に沈んだラインの先を見ながらラインを回収していく。白くて小さな魚影がくるくると回るように徐々に大きくなって浮上しながら徐々に太陽の光を浴びてピンク色に染め上げられていく。

船上にすくわれたのは綺麗なピンク色をした40センチクラスのマダイだった。

これでジギングが出来る許容が生まれ、タイジグにチェンジする。青物もマダイもどちらも狙えるようにしてみるも、そもそもこのジグで釣ったことがないからどんなアクションで釣れるのかすら分からなかった。すぐにタイラバで釣りをしていた乗船者が僕の釣り上げたマダイと同じクラスを釣り上げたのをキッカケにいつものタイラバを付け戻すことにした。

 

そしてある程度流しては回収をしている最中に今日一番のひったくるような引きを感じ取った。

かなり上の層で喰われた。この引き込みの強さ。絶対にマグロだ。

ドラグ音がジっジっと何度も鳴らしながらアワセをいれると、魚が勢いよく走り出した。ファーストランだ。これがマグロのファーストラン。まっすぐに突き進む投げ槍のような走りだ。船長が「今度こそマグロやね」そう言って、乗船者に垂らしているラインの回収を指示する。

30mくらいラインが出たところで急に前触れもなくスプールの逆回転が止まった。どうやら今まで走っていた方向とは逆に走り始めたようで楽にラインを回収できた。しかし、すぐに予測した方向でセカンドランが始まった。セカンドランはファーストランとは違ってトップスピードからの耐えるパターンで、全ての衝撃をドラグシステムが制御してくれたおかげでラインブレイクにならずに耐え凌ぐことができたが、ただただセカンドランの最初の衝撃は恐ろしかった。

セカンドランで30mほど出しながら背中の方にマグロが走ろうとしていたので、船長が機転を効かせて船を転回してくれた。乗船者が回収をしてくれたおかげでもある。感謝をしつつ、ラインから伝わる情報の一つ一つを捉えようと神経を研ぎ澄ます。

その後、まぐろは抵抗しながらも円を描くように走るようになった気がした。ポンピングでゆっくりとラインを回収していく形となった。しかし・・。ポンピングとポンピングの合間で急に引き重りがなくなってしまった。ラインブレイク。ラインをすべて回収すると40LBのリーダーがザラザラとした質感を残し、その先はスパンと切断されていた。

「タイ玉を飲み込んだみたいね。それでリーダーにマグロの歯が当たったんやろうね」

船長のはっきりとした言葉に、僕の心はしっかりと前を向くことができた。七里という海域でのタイムリミットは迫っている。後悔は帰る時にすればいいだけのこと。次は取る。確実に。今できることを最後までやる。

PE5号に80ポンドのリーダーの装備を持ち込んでいたのでそれを取り出し、300gのタイラバを付けてすぐに海に沈める。何度目かの着底と30mくらいを巻き上げる行為を繰り返し、その着底すぐだった。ガツガツとした引き重りから即アワセ。青物よりはパワーはないが、走る時は走った。そんな引き方だった。ゆっくりと気泡を吐き出しながら浮上したのはロクマルサイズのマダイだった。足りない。まだ僕は満足していない。

残り5分。

ロクマルを釣り上げてすぐにタイラバを海に落としこむ。

もうお祭りしてもいいや。横の乗船者に向かって「もっと流します」と宣言する。その乗船者からの応答はなかったが、着底しては30mくらい巻き上げてまた着底させる。それを繰り返しながらどんどん角度を横に展開していく。船長がこれが最後ね。とストップフィッシングの指示が出た。あとは回収するしかない。着底してゆっくりと同じスピードで巻きあげていく。10回転ほどハンドルを回したところにガツガツとしたアタリを確認し、アワセを何度かいれてみる。喰った。

結構な引き重りを感じ、ポンピングの体制を整えようとした時にラインのテンションが軽くなった。フックアウト。回収するとアシストフックの針先が外を向いていた。おそらくロクマルの時になったのだろう。何を言ってもストップフィッシング。今日の釣行が終わった。僕は完全に満たされないまま今日の釣行が終わった。

 

やることはやって、選択できるものは選択して全てが終わった。そのつもりだ。

船は北風に乗って悠々と港目指して帰っている。乗船者全ての人が眠りにつくなか、疲労による達成感の高い心中の中で自問自答を繰り返す。

結果ではあるが、10キロ以上のブリを釣り上げることは出来なかった。勉強が必要であると考えた。僕はブリという魚の生態をそれほど知っている訳ではないし、釣り方をしっている訳ではない。明日はきっと疲れて行けないが、もし僕に時間とお金があるのであればすぐにでも行きたいと願った。もっと釣りがしたい。釣りが面白くてしょうがない。なのに、一瞬の一時期の満足を満たそうとしてしまう自分がいる。どの選択肢を選んだとしても正解なのは間違いない。だけど選択をしなかったことを後悔してしまう日々の連続だ。人生だ。人生のようだ。釣りって人生だ。眩しい。次の釣行で10キロ級のブリが釣れるかどうかも分からない。ましては、次回マグロが掛かってくれるかも分からない。けれど、そのわからないことが希望なんだと思った。だったら、釣りとは希望だ。だから面白い。

僕は意識を遠ざけようと瞼を閉じた。