真夜中の歪

真夜中の歪

腐れた人。腐れてない人。

女性はよくわからないから排除して。

街中ですれ違うあらゆる年齢の男性の顔を見ながらどちらかに確実に振り分けていく。

そんなことをしている自分が一番腐ってることを自覚しながら、一歩一歩踏み進めていく。

 

行き先は決めていない。

ただ行きたい方向に、なるべく通ったことのない道を歩こうと決めているだけだ。

木曜日の帰宅ラッシュ時間だから、やたらサラリーマンとOLが多かった。だからだろうか。やけに疲れた顔をしている人が圧倒的に多いのは。今のところ、腐っている割合は五分と五分だ。

なんで振り分けをするようになったのか、その経緯を考えてみた。今まで自分がそんな行動をしたことなんてなかったはずだ。今の自分が漠然と狂っていることだけしか分からなかった。狂ったオレは、町中ですれ違う人々を見比べながら「今の自分の位置」を定めようとしている。今日のオレは自分で自分を狂わせようとしているみたいだ。そういう自分が嫌になる。

一番腐っているのは自分なのに、それでも似たように腐っている人を見つけようとしている。

 

通りに沿って歩いていたら橋を渡っていた。その橋の下には全くといっていいほど流れのない川があって、その橋をすぎてすぐ左に曲がって川に沿って歩くことにした。川からは少しだけドブくさいにおいがした。街灯の光だけでは魚を見つけることやこの川の深さを知ることはできなかった。

真っ直ぐに進んでいると川を眺めながらタバコを吸えそうな通行人が通らないような場所があったから、そこのガードレールによりかかるようにして座って、タバコに火をつけた。タバコの煙は寒空に巻き上げられてみるみる空気に溶けていった。

川の向こうすぐにマンションがそびえたっている。川の近くに家があるってなんだかいいよな。と思いながら、今度はマンションの部屋の数をかぞえてみることにした。12階建てで、横には20くらいの玄関扉があった。12かける20。そのひとつひとつの扉にはそれぞれに違った人生という世界がある。その先には俺には関係のない人生たちがあるのだけれど、きっとそんな人生であっても必ず楽しいだけのものではないことは理解しているつもりだ。だから、なんで人は人を傷つけるのだろうと考えてしまう。つまり、オレのことだ。オレは人を傷つけたくはない。だけれども傷つけてしまうことが往々にしてあった。それを人間関係の摩擦というのだろうけれど、はたして傷つけられた側が傷つけようとした人間のことを理解してくれることはあるのだろうか。もちろん、傷つけられた側には傷がついているだろう。けれども、傷つけた側にも傷つけてしまったという罪悪感からくる傷がついていることを傷つけられた側にも理解してほしいと思った。もちろん、オレが悪いだろう。間違いなく。だけれども、傷つけたくて傷つけたのではないし、むしろ傷なんかつけたくはないのが本望だ。

傷つけられた側、傷つけた側。どちらに非があるかなんて世界では絶対に傷つけられた側が圧倒的に被害者であって、圧倒的に傷つけた側が加害者になる。だったら。いち企業において、傷つける側はどれだけの努力をしなければならないのだろうか。傷つけた側はどれだけ甘えきって仕事をしていくつもりなのだろうか。嫌になる。全てが。

 

仕事はかなり順調だ。なんで順調かというと、まわりにオレよりも仕事ができる人間がいないからだ。少し違う。まわりがオレよりも仕事をしないからだ。その方がしっくりくる。だから、そんな人間から文句を言われる筋合いはないと思っている。いざというときに俺を利用して、いざというときじゃない場合でもオレを利用しているくせに、わがままばかりのくせに、オレについてくるしかできないくせに、オレが少しだけその人間を見下してしまっただけで腹を立てる人間がいる。はっきり言って意味がわからない。意味がわからないから深く理解することができない。けれども、わかっていることは、世界からすれば間違いなくオレが悪いということだ。そういう情報を仕事は出来ないけれど人間関係だけが取り柄の人間からそんなことを聞かされる憎悪は計り知れない。そんな奴がオレとその人間の間を取り持とうとしてオレに歩み寄ってくる。はっきりいって遠回しにお前の選択が悪いと怒られているようなものだ。

嫌になる。オレはあんたたちのために仕事をしている場面もある。なのに、あんたたちがオレになにか貢献してくれることなんてないのに。付加だけが増えていくのはオレだけなのに。嫌になる。他人もオレ自身もすべて嫌になってくる。いや、すでに嫌になっているから、街中ですれ違う人を見ながら腐れている人を探しているのだから。すべて分かっている。すべてオレが悪いということも。オレがどうにかして心を改めなければ、この溝は絶対に埋まることがないということも。それがサラリーマンという会社の歯車としての生き方なのだということだ。一人で食っていく技量がないオレという存在は人間関係の摩擦に耐えながら企業の一部となるしかなかった。

 

なんだか急に家に帰りたくなった。もう何も考えたくなかった。オレはきっと打たれ弱い。自信をもって仕事をしながらも、キョロキョロと周りをみながら後悔しないように気をつけているんだと思った。

タクシーに飛び乗る。

タクシー運転手は少しだけ苛立っているのだろうか、無愛想だった。それはそれで話しかけられることもなく好都合だと思い、スマホを開いてみた。インスタグラムを開くと、お知らせのマークに1の数字が出ていたからタップしてそれを開くと、高校時代の友人の誕生日だった。その4つくらい下の表示に、友達申請がきているけれどそのまま拒否も許可も何もしていない表示が残っていた。その申請をタップして、過去に別れた彼女の公開されている情報をみる。

 

大学を卒業した俺たちは遠距離恋愛となって別れた。原因はよくわからない。お互いに好きな人が別に出来たわけではないはずだ。お互いがお互いを嫉妬するようになって、嫌いになったことだけははっきりと分かっている。

不定休の俺の仕事と週休2日制の彼女の仕事のせいで会える日がほとんどなかった。給料をもらえるようになって会いに行けるお金はあった。けれども仕事がそれを邪魔をし続けた。そうこうしているうちに間延びするように月日だけが積もっていって、連絡も疎かになって別れの瞬間はお互いの承認のもとで決定された。

それから全く連絡をとることもなく3年が過ぎた。インスタグラムから友達申請がきたのは4日まえ。彼女は一体、どんな考えで申請をしたのだろう。わかったことは、大学を卒業して入社した金融企業を辞めて美容系のエステサロンを開業したことだった。彼女の夢が叶ったことを嬉しく思う反面、やりたいことをやれている状況に対して深く嫉妬してしまった。俺の知らないところで。

タクシー運転手から、道を尋ねられて我にかえった。窓から外を眺めると、家の近くまでたどりついていた。タクシー運転手にここで降ろして下さいと言って、料金を支払って歩いて2分の家に辿り着いた。

玄関の鍵を閉めて、靴を脱いでスーツを脱いでスウェットに着替えて、暖房のスイッチを入れてノートパソコンを開いて今日職場で片付けるべきだったけれど片付けられなかった資料を作成することにとりかかる。エクセルを開いてすぐに、つい1時間前のドブ川の匂いを思い出してノートパソコンを閉じた。嫌になることはたくさんした。楽しくないのであれば、楽しくするだけだ。

スウェットの上に防寒着を着込んだスタイルで、オレは車から降りて釣りの準備をした。

 

 

風はそこまでないようで、1月の木曜日の夜だというのに、漁港の街灯の光を通じてアングラーが数名キャストしているのが分かった。早く投げたくなった衝動に急かされるように、車のハッチバックを開けてランガン道具を持って車をロックした。

指揮者の振るう指揮棒で空気を裂くような音をさせて1gのジグ単をキャストする。表層が騒がしくないから、中層狙いでカウントダウンを15とる。

チョンチョンとワームを跳ねさせるイメージでテンションフォール中にあたりを待つ。それを繰り返しながらキャストとランガンを繰り返す。5回目くらいのキャストの時に、彼女と別れた日にもここで釣りをしていたことを思い出した。キャストを繰り返しながら、どうやら俺は何かがあるたびにこの漁港に来ているようだという考えにたどりついた。

釣りをして、何かが劇的に変わる訳ではない。明日になれば嫌な記憶を思い出しながら仕事をしなければならない日常が平気で待っているだけなのだ。それでも、それを忘れさせてくれるだけありがたかった。

キャストを続ける。

街灯と闇夜のキワでアジのライズが始まった。そんな光の明暗に向かってキャストする。カウントダウン0の表層タダ巻きで表層をレンジキープしながら引いていくと一度だけロッドが違和感を捉えた。その後も巻き続けているとグググとラインテンションが掛かりアワセのタイミングと同時に乗った。

自己満足の世界かもしれない。

釣りの世界も仕事の世界も。

オレが仕事で何かを達成したとして、誰かが本気で喜んでくれることはない。むしろ嫉妬の連鎖を育むばかりだ。釣りもそうだ。オレが魚を釣ったとして誰かが本気で喜んでくれることはない。ただの自己満足なのだ。

オレのような人間に釣られたアジ。そんなことも知らずにワームに喰ってきたアジ。アジはオレのことをどう思っているのだろうか。

オレは小さな笑顔をつくってありがとうと言ってリリースする。アジは瞬く間に海のどこかへ消えてしまった。

心から感謝をした自分に自分が気づいた時、変わりたいという気持ちが芽生えた。

変れるかな?きっと変われないだろう。でも、その気持ちを持ち続けることが重要だとオレは考えた。

闇夜の雲からうっすらと欠けた月が浮かんでいる。

優しく生きていきたい。そう願った。

優しくなることができれば、インスタのたった一回の承認をタップすることができるのだろうか。