NHK訪問員現る!自分なりの価値観に基づきNHKを理解して受信料を支払う。

NHK訪問員現る!自分なりの価値観に基づきNHKを理解して受信料を支払う。

お昼すぎだったと思う・・。

インターフォンが鳴ったから、モニター画面を見ると、白いヘルメットを着用したおじぃさんが写っていた。郵便局員?だと思い、いつもどおり通話ボタンを押した後すぐに開錠ボタンを押して「どうぞー」とマンション内へ入れたんだけど、玄関で対応したら郵便局員でも運送業者でもなくて、NHKの訪問員だった・・。

めっちゃ嬉しそうな訪問員。何を隠そう、ずっと居留守を貫いていたからな。訪問員からすれば、やっと会えた・・(契約確認ができる・・)。という感情だろうか・・。

・・switchからすれば、しまった・・。という感情なのだが・・。

 

・・ということで、今回の記事は、NHKに対して支払わなければならない受信料に関する自分なりの記事です。ただの個人的な体験談と価値観の羅列なので、参考になるか分かりませんし、法律なんかよくわからないので、法律や対処法なんかを学びたい人は他の人の書いた記事を参考にした方が良いかと思われます。

どうしてNHKの訪問員の人は高圧的なんだろうか・・どうしてトラブルと発展してしまうケースが多いのだろうか・・どうして受信料を支払わなければならないのだろうか・・。今回の一件で、点となっていたものが線となって、そんな複数の線が立体的になって輪郭として浮かび上がったので、実体験を通じて、いろいろと書いてみようと思います。

 

受信料を支払っていなかったswitch家

NHK訪問員が来るというのは、もちろんそういうことで、switch家は受信料を支払っていなかったということです。(支払っている人に申し訳ありません・・)

その当時の受信料に関する僕の認識状況ですが、

① 支払う根拠が分からない。(知らない)

② 支払わないでいいのなら、支払いたくない。

そんな理由だと思います。もっと正直に書くならば、訪問員に会ってしまわなければ受信料を一生払わなくていいのかもしれない。そんな考えがあったのだろうと思います。

 

ちなみに、NHKは普通に観ています。(すいません・・)

僕はヴィンランド・サガ(10年以上前はプラネテスも観てた)を録画してますし、子供は教育テレビを観て育っていますし、妻はSONGSの「嵐」の回は未だに録画を残しています。

つまり、NHKの放送を観ていながらも、支払っていないわけです。なので、当然、NHK観てるのなら支払うべきなのでしょうが、支払いから逃れられるなら支払いたくないという気持ちの方が強いので、支払っていないのだと思っています。

支払わなくてもいいという意識があるから、どうしても支払ってしまうと損になると思ってしまいます。

NHKに対して受信料を支払わなくて困ることはありますか?ガスや電気や水道のように放送が止まることはあるでしょうか?そういうペナルティなんかないですよね。だから居留守を使って逃れていた訳です。

 

NHK訪問員 VS switch

「いやーいつもいないので、やっとお会いできて良かったです」

という言葉で幕を開けた訪問員との序盤戦。

こちらも、「あまり家にいないんで・・」という言葉で牽制するも、牽制の効果は薄くガンガン攻めてくる。そして、「お宅はBSは映りますか?」という質問に対し「映りません」と答えてしまったことで、テレビが家にあるということを自ら白状したことを自覚したswitch。「だったら地上波の分を支払いましょう!」と発展し、さっそく支払い申し込み用紙に記入させようとする職員に「いきなりっすか?」と抵抗するしかできなかった。

しかし・・switch・・恥ずかしながら、クレジットもキャッシュも持たされていないんですね。辛うじてペイペイは使えますが、すぐに釣り道具に散財する癖があって、一切の無駄遣いの可能性を排斥されて生活しているので、訪問員に言われるがまま今すぐに申し込み用紙に記載することができなかったんですね。

支払うのであれば妻に相談(どうせ怒られる)しないといけないし、支払うにしても支払わないにしても、どうせ板挟みになるだけで面倒くさいし・・妻という存在が脳内に介入してきてくれたおかげで徐々に冷静になっていくswitch。今、僕がやらなければいけないことは、今日は帰ってもらうしかないということだ。

 「ちょっと待って!強引過ぎませんか?そもそも、本当にNHKの人なんですか?」

「はい。NHKの訪問員です」

「出会って1〜2分で、申込用紙書けって言われてもね、信用できないんですよね」

「そんなこと、初めて言われた」そう言って憤り始めるNHK訪問員。(こっちも初めて遭遇して戸惑ってるわ!)まぁでも、switchの土俵へ来てくれた。

「だって、NHKです。って言って、すぐに支払って下さいって言われて、逆に信用できますか?」

すると、立腹しながら職員証を掲げて「これが証明です」と言う。これで、信用しろというのは今のご時世あり得ないよな。

「だからね、こんなのすぐに偽造できるでしょ。そもそも、強制ではないですよね。強制で書かせるものではないですよね?」

「そんなこと初めて言われた」

「その前に、無理やり書かせようと強要してますよね。強要罪ってしってますか?」

「信用できませんって、なんで信用できないんですか?」(あんたがいきなり申込用紙書かせるからだろ!)

「信用の前に僕・・キャッシュもクレジットも通帳も持たされていないんですね。だから、今申込用紙に書き込むことができないんです・・だから、後日来てもらってもいいですか?」

「何時頃来たらいいですか?」(そう返されると困るな・・)

「今、何時と言われても妻と連絡が取れないから分からないです。とりあえず名刺ください。名刺の連絡先に連絡しますんで」

「私達、名刺は持っていません」(・・え?)

「今のご時世に名刺持ってないって、本当にNHKの人なんですか?じゃあ、どうやったら僕はあなたをNHKの職員と認めて今後の契約をしていけばいいんですか?」(多分、本物のNHKの人だと分かってるけどさ)

「今日は疑われたり否定されたり、本当に踏んだりけったりだ」

「僕もそう思います。とりあえず、妻と話して決めますね」

そうやって扉を閉めると、NHK訪問員はブツブツ言いながらどこかへ行ってしまった。とりあえず終わった。あとは対策だ。どうやって支払わずに済むのか調べに調べ込むこととなった。

 

そもそもNHKって何?

対策をする上で、まずはNHKの正体を知るべきだと思い、NHKがどんな機関なのかを調べることにした。

簡単に言うと、NHKは唯一の公共放送機関だということです。

公共なので、受信料というのは、ガスや電気、水道のような公共料金と同じ類に分類されるみたいです。ではなぜ、そんな公共料金を支払う支払わないという現象が起きているのかというと、電波を累積計算することができないからだと考えています。

電気やガス、水道はそれぞれのメーターによって計測された分を支払わなければならないのですが、電波にそれができません。それができたら、全国民に対し、あなたたち世帯はNHKをこれだけ観たので、今月はこの料金を支払ってください。ということができると思います。それこそが公共料金の本質だと思います。一定の額を払って下さいは平等ではないと思いますし、NHK嫌いでも支払っている人はいると思うので、公平性に欠けると思います。(これができないから、溝が深まる要因なのでしょうが・・)

それに、電気やガス、水道のように未払い(滞納)が発生すると各々が止められてしまうのですが、テレビはそれができないと思います。

本当に払わせるのであれば、民間放送も観れなくしてしまうのが一番なのかもしれませんが、そうなってしまうと、民間放送に影響が出てしまうので問題となりそうですし、逆にNHK放送だけでも受信できなくなるようになってしまうと、そもそもの公共の意味がなくなってしまう気がします。なので、今の徴収スタイルが一番懸命な判断なのかもしれませんが、それによって支払いの公平性が危うくなっているのが確かです。

 

また、公共放送機関と民間放送機関と何が違うのかというと、民間は営利目的でスポンサーありきで収益を優先して放送しないと母体を維持することができません。つまり、視聴率がなければスポンサーがいなくなってしまうので、スポンサーの意向を無視した放送をすることができません。公共放送機関はその必要がないので、福祉放送や教育放送といった文化的な放送ができるといった違いがあります。

では、NHKがぶっ潰されたとします。なにがおきるでしょう。また、NHKが国営放送となってしまって税金から維持されるようになってしまったらどうなるのでしょう。我々はそこまでのことを予測して受信料を支払っているor支払っていないのでしょうか・・。

正直なところ、民意に敏感にNHKが動いているのかは定かではないですが、NHKが放送法という武器を持っているということが分かりました。

 

法律や事実を知る

NHK訪問員への怒りが落ち着かないものの、調べれば調べるだけ放送法というものにNHKが守られていることが分かりましたし、放送法を武器にしてやりたいことをやっている気がしますし、とにかく、放送法によって、テレビ(NHKが映る)を観ている人はNHKを観ている観ていない問わず支払う義務がある(放送法64条)という法律の存在を知りました。

なんとなく、NHK訪問員の対応が浮世離れしているというか、時代にうまく機能していないような違和感というか、そんな正体というか、理由が分かった気がします。

訪問員の視点では、ちゃんと法律があるんだから支払いなさいよ。というのが、そもそもの大義名分なのでしょう。なんだか、交通違反は交通違反。法律は法律。守る必要があるのだよ。警察の交通取締りやお役所仕事と似ている気がしますね。だから話が噛み合わなかったのでしょう。ということは、訪問員が悪いということではなくて、法律が悪いということに繋がるのかもしれません。

テレビを観ている側からしたら、NHKを観ていても観ていなくても払う一択しか選択の余地がないから余計に腹が立つ。ちなみに罰則はないし、放送を止められることもない。だから、支払わなくてもよいという逃げ道が生まれるのではないでしょうか。

平成29年度末 受信料の推計世帯支払率(全国・都道府県別)について

というデータでは、国民の5人に1人が支払っていない統計が出ているみたいです。そりゃ、払いたくない人は払いたくないよな。って思います。それにより、支払っている人も不公平を感じるだろうし負の連鎖が続いていることは間違いない事実だと思います。

 

 

switch家の結論

そもそも、放送受信料は支払わなければならないという法律があることも分かりましたし、結局は支払わなければならないということも分かりましたし、逆にNHK訪問員を追い払うノウハウ(支払わないでいい)があることも分かりました。

つまり、拡大解釈すれば二択の選択があるということです。(結局、回りに回って二択に戻った・・)

支払えばNHK訪問員が来ることのない平穏な生活が送れ、支払わなければNHK訪問員が定期的にやって来て、いちいち居留守を使ったりしなければならず、定期的に億劫なことばかりなのですが年間の支出が抑えられます。

我々switch家としては、NHK観てるんだから払おう。という結論になりました。

けれども、一つ問題があって、いつから支払わなければならないのかです。せっかく払うという決断をしたのに、5年くらい住んでいるので5年分を支払って下さいなんて言われると、完全な自業自得なのですが、払いたくないですよね。

 

実際に訪問員を呼んで対応

switchが無知だったことも判明したことで、まずはNHKふれあいセンターへ電話して、先日訪れた訪問員が本物の訪問員なのか尋ねたところ、どうやら(やはり)本物だということが分かった。

 

「先日、訪問員が来た際にモメてしまったが、支払わなければならないことを知った。だから、支払いたいと考えている」そう伝えると、郵送の方法をコールスタッフが教えてくれようとしていたから、「もう一度、訪問員に来てもらうってのはできますか?」と聞いたところ可能だということが分かった。

とりあえず、予定日時を約束して、電話が切れたけれど、向こうの女性、結構焦ってたな。こういうパターンがあまりないのだろう。

そして、後日、訪問員が時間どおりにやってきた。まずは、お互いに謝罪して、記入して、12月から契約になって、帰っていった。

あれ?過去の請求はしないの?(まぁ、いいか)

扉を閉めて、妻に「払わなくていいみたい(今のところは)」と言って契約が終わった。

もしかすると、過去の精算は別の部門が対応するのかな?

それとも精算しなくていいのかな?それだったら、すごいな。マジでお役所仕事だよ。

 

まとめ

たくさんの記事を読んだ。

NHK批判の記事も読んだし、NHK肯定の記事も読んだ。受信料拒否の記事も読んだし、これだけの溝となってしまった背景も分かった。それにNHK職員の給料がかなり高いことも知った。

そして、どの記事も共通して思うことは、確固たるベクトルを持った意思のある文章だった。みんなそれぞれわかり易かった。けれど、そんな文章のどこにも人間らしさというか心を感じることができなかった。言いたいことはもちろんだ。確かな自己肯定感を感じる文章ばかりだ。しっかりとした知識に基づいた記事だから、俺の記事なんかよりも遥かに精度の高い記事ばかりだ。けれど、行間や句読点を探してもぬくもりを感じることができなかった。改めて思うのだけれど、いつから言葉はこんなにも空っぽになってしまったんだろうな。いや、俺の言葉もそうだけど。

それで、switchが思うことなんだけど、NHKもNHK職員も受信料も時代背景も、全部俺の人生であって、他人に人生を選択されたくないということだ。もちろん、他人に依存してしまうことはあるけれど、どうなってしまおうが俺の人生なのだ。NHKの職員の給与が高いからどうなのだ?給与が高いことが俺にとってそこまで重要か?確かに多い方がいいだろう。でもそれで幸せなのかわからないよな。そもそも、相手のことを知らなすぎるのだ。だから言いたいことばかり言い合えるのだ。NHKの訪問員のじぃさんには孫がいた。2歳の孫らしい。俺には3歳の長女と1歳の次女がいる。それを知るだけでいろんなことが言えなくなる。相手が血の通った人間だって分かるからな。

俺は支払うことに決めた。そっち側の方が人間らしいと思ったからだ。人によって人間らしさは違うと思う。だから、どっちを選ぼうが人の勝手だと思う。もしかすると、別の訪問員だったら支払っていなかったのかもしれない。倫理とか道徳とか、俺達はいつからそういうものを無くしてしまったんだろうな。そもそも、初手でそういうものが見えたらいいのに。お互い苦しむこともないのにな。