宵闇ターンオーバー

宵闇ターンオーバー

今となっては、いくつもあったであろういくつものタイミングのどれとどれがキッカケなのかさえ分からなくなってしまっていて、記憶すらも曖昧でぼんやりとしていて、もはや、そういう記憶を遡ってまで考えることこそが時間の無駄だと思ってしまって、考えはじめてみたものの、いきなり、それ自体がどうでもよくなってしまったぼくは、まばたきをしたと同時に考えることを切断した。

そもそものすべてのはじまりは「妻と結婚式をする」という選択を選んだことがすべてのはじまりだった。すべてはスタートの段階から間違っていた。そういうことにして、そういう感情を脳内に無理矢理押し込めた。

うすうす気がついてはいた。けれど、感情を一括整理できるようになって、やっと、本格的にぼくは選択を間違えてしまったと気づいた時には”10年”というおおきな時間が流れていた。生活に疲れているぼくには、人生を再スタートさせるほどの気力も体力も時間も希望も、すべての行動力に変える力が萎えてしまっていて、そんな力の燃えカスという名の惰性で生きている現在進行において、10年という歳月の浪費は漠然とした虚しいだけの後悔でしかなかった。

ぼくはいつになったら後悔しない人生を生きることができるのだろうか。

後戻りできないことが人生だと理解しているのに、何度も間違えては後悔を繰り返す。しょうもない連鎖を繰り返す。惰性のように呼吸のように後悔を繰り返す。

 

考えることを切断したつもりなのに、また考えていたことを知覚して自分の性分に嫌気しかなかった。結局のところ、どうあがいても離婚することができないのだ。いくら後悔しようが過去を書き換えることができたとしても、ぼくと妻のあいだに生まれてくれたこの人生でしか出会うことがなかった子供たちのことを考えるだけで過去を書き換えたいとも結婚を後悔したとも思いたくはなかった。つまり、離婚に勝る既婚を続ける理由があるということがぼくが離婚ができない圧倒的な理由であって、今の生活において、ぼくはただ父親として立ち続けることしかできなかった。

いつから染色体の数が違う別の生物と思えるくらいまで変わり果ててしまったのだろうか。あの頃の僕らは同じ座標で手をつないでいたはずで、同じ角度と同じ長さのベクトルを持って進んでいたはずなのに。10年という歳月は当時ミクロ単位だったズレすらも時間が堆積していくごとに圧倒的なズレとして認識させるほどに明確に距離感が離れてしまっていた。もうすでに、僕のいる地点では妻がどこにいるのかさえ分からなくなっている。たぶん、きっと。もう二度と妻を捉えることはないのだろう。そして、これからも妻の座標を知ることもなく生きていくのだろう。

変わったのはぼくか。それとも妻か。そんなこともう二度と考えたくもない。

 

 

妻とは、やりたいことが見つからず、社員になっては転職を繰り返し、定職が決まらずにフラフラしていた時期に出会った。すごく献身的に僕のことを支え、尽くしてくれる人だった。趣味が貯金という特殊な人ではあったけれど、バレーボールと料理がとても上手な人で、僕には勿体ない女性だった。勿体ない女性だからこそ、事前に言わなければならないことがあった。僕には、借金があること。それに、両親がいないこと。そして、”普通の結婚式”を挙げたくないという偏見があること。それを伝えるまでは何も進められない気がしていた。特に結婚観念は打ち明けるべきだと思っていた。

今まで、何十回も招かれて結婚式に参加しているけれど、本当に友人と呼べる友人以外の結婚式で、ただの一度も本当におめでとうと誠意を込めて思ったことがなかった。だからこそ、自分の結婚式には本当に祝ってくれる人にだけ祝ってほしいと思っていたし、そんな人だけを招待したかった。結婚祝いのお金を出す必要もなく、僕らがお金を出してその場をつくり”ぼくらのぼくらなりの結婚式”に招待する。そんな結婚式があってもいいんじゃないか。そう思っていた。

友人以外の結婚式で、新郎新婦や両家の両親らが泣いたり感動しているシーンを見ても、どうしてここにいるんだろうと場違いだと思ってしまうこと。この式場のどれくらいの人がぼくのように全く祝う気がないのか観察してしまうこと。幸せのおすそ分けにしては結婚祝いの相場の3万円は祝う気がない人間からしてみれば高くないかということ。こいつのために3万円を支払って時間を無駄にすることが苦痛だったこと。喫煙所が遠くにある式場は地獄だということ。誠心誠意祝える人が少ないこと。借金を抱えて生きているからこそ、ケチな考えなのかもしれないけれど、本当に呼びたいと思っている人だけしか呼びたくないこと。そういうことを話した。

妻は共感を示してくれた。むしろ、結婚式は絶対ではないという価値観をもっていることを打ち明けてくれた。ぼくはそのとき、この人と結婚したいと思った。僕らは当然のように導かれ、山に降った雨が川に集まり、やがて海にたどり着くように、僕らはあたりまえのように結婚した。

結婚届を提出して約6ヶ月後、ぼくたちは結婚式を挙げた。

普通の。僕のこだわりが一切入っていない、混じりっけのない普遍的な結婚式を挙げた。お金に困っていて1万円しか入っていない御祝儀袋もあったけれど、そんなことはどうでもいいとして、本当に来て欲しいと思っている友人から、別に祝って欲しいと思っていない友人に会社の同僚、来て欲しいなんて全くもって考えていなかった会社の同僚や上司を呼んで、ほとんどの人から3万円のご祝儀を頂く結婚式をおこなった。

友人スピーチを快く引き受けてくれそうな別に結婚式に呼んでも呼ばなくてもいいような友人にスピーチを語ってもらい、僕からいつも指示されてばかりいる後輩に半ば強引に余興を頼み、僕のことを人間というよりは歯車の部品の一部としか思っていないだろうという直属の上司に主賓代表スピーチを語ってもらった。

高砂の椅子に座り、ぼくが招いた呼びたくなかった人たちのテーブルを眺める。そこには自分がしたくないと考えていた結婚式が目の前にあって、僕の結婚を誰も祝っていないだろうと思った。

 

結婚式をやらないという選択は確かにあった。妻がやりたいという結婚式をやりたくないと言えばよいだけだった。にも関わらず僕は普通に結婚式をやった。それが地獄の始まりだった。

普通の結婚式をやるんだったら全部勝手にやってくれよと考えている僕と2人で協力しながら結婚式を作っていこうと考えている妻との意識の差は、衝突を繰り返す要因となった。暴力に発展することはなかったけれど、数日無口を過ごすことを繰り返した。途中、これだけの傷を育んでまで結婚式をする必要がどこにあるのか分からなくなって、結婚式がない方が2人の関係に傷を創らなくていいのではないかと思ったけれど、それを言ってしまうと全てが終わってしまう気がして言えなかった。

妻はそれでも結婚式の準備を続けた。10分くらい前までケンカしていて無言を貫いていたのに、ドレスの試着をする頃には何もなかったかのように平気で僕に喋りかけてくる神経が僕にはよくわからなかったし、準備を続ける意義が僕にはよく分からなかった。ただ、妻の怒りが消失したことによって安心感が生まれることが唯一の救いだった。

妻のダメ出しは、どうしてか怒りが沸騰しやすかった。席次表の文字を変えて欲しい。オープニングムービーまだ出来ないの?それに、披露宴中のBGMなんだけど結婚式っぽくないから入れたくないんだけど。そういう、自分が苦手だからって僕に押し付けている結婚式の準備の一部にも関わらず、あたかも僕がそういうことが得意だと間違った認識のせいで、僕が一生懸命慣れないことに苦しみながら、どれだけの努力をしているのかも知らないくせに、ほとんど出来上がっている状態のものをやり直す労力を知らずに平気で人の努力をゼロにするリスペクトのない無神経な言葉に腹が立った。でも、僕自身も逆にそういう扱いをしているのかもしれないし、もともとどこか欠落している人間だという認識を持っているから言い返すことさえできなかった。

妻色の結婚式に染めるだけ。そこに僕の色は必要ない。僕と結婚式を挙げたいのではなくて、結婚式を挙げたいから僕と結婚したのではないかと思えた。

目の前には自分がやりたくないと考えていた最悪の光景が見えてとても気分が悪かった。だけど、これから始まる自分のスピーチに対する緊張やアルコールとその場の色に染められてしまい、その結果、楽しくなって式は終わった。

 

その後も、僕らはそれなりに家族として進んだ。新婚旅行が終わってすぐに、今まで住んでいた2Kの賃貸アパートから2DKの賃貸マンションに引っ越した。ぼくは続けていた仕事を転職した。長女が生まれたことで妻用の車を購入した。普段はあまり衝突なんてなかったけれど、そういう家族として一歩進むたびに必ずといっていいほど衝突した。そういう歪を見ては見ないふりをして生活を続けていたら、次女が生まれて、歪でも続けられていた家族という形がすべてが歪みにしか見えなくなっていて崩壊しかけているように思えた。ぼくが帰ると妻はいつも長女に怒っていて、長女に暴力を振るうことはなかったけれど、長女はいつも怒られていた。妻にはぼくのことが見えないようで、ぼくが怒られることはなかった。

この時期になると、感情的な妻と理性的な対話をすることができなくなっていた。「これどこにあるの」と、聞いただけで怒られた。ぼくは妻に感情を高ぶらすことをやめた。「パパってタバコくさいよね」そう子供に言われたのをキッカケに、20歳を超えてからずっと今まで吸っていたタバコを次女が生まれたタイミングで禁煙した。「もうすぐ車検なんだけど・・」とそれだけを言うだけで、どうしたいのか表現しない言葉足らずの妻の言葉の先が「車売れよ」と言いたいことが予想できたから、結婚してすぐに購入した通勤にだけ使っていたマイカーを車検を迎える前に売った。手続きをしながら「いくらで売れたの?」と聞かれたから、「売れる年式ではなかったから廃車することになったよ」と言うと、興味がさめたようでそれ以降、車の話をしなくなった。すべての手続きが終わり、車を引き渡したときの感情は車に対してありがとうという感情よりも、これで妻に言われることが一つ減ったという安堵感が強かった。他にも、出費を抑えるために格安スマホにも切替えたし税金対策用に保険も見直した。

 

ぼくの変化は、今まで頑なに拒んでいたマイホーム購入すら肯定することになった。今までどおりに肯定してしまうと絶対にトラブルになるから、ケンカはしたくない。意見を求めれば意見は言うけれど僕が率先して進めたりはしない。あくまでもバックアップ側にまわりたい。という条件をのんでもらうことでマイホーム購入を肯定したところ妻は承諾した。

それでも結果は地獄だった。

勝手に決めてくれたらいいのに、僕に決定権の後押しを求めた。そして、求められたことに反対もしくは意見すると苛立ってその後の進捗が頓挫した。全否定したわけでも見下したわけでもないのに不機嫌になった。バカじゃねぇの?っていう感情を抑えて優しく言っても妻は否定されることが嫌なようで苛立った。会話が通じない。「どう思う?」という意見を求められたから「こう思う」と意見したのに、妻の思う意見に沿って言葉を選ばないと会話が破綻してしまった。僕たちは何度結婚式の過ちを繰り返せばいいのだろうか。

 

それに、購入の期間を1年と2人で設定したのに、いきなり「この物件どう思う?」と言われて「もう買うの?」と返事したら、「この物件が買われてしまうじゃない」とキレられた。

妻のバックアップをするために、マイホーム購入の勉強をしたかったから設けた期間だった。本も買った。ゆっくりではあるけれど、自分の時間を削って読み進めている。知識を集めて自分なりの価値観を持って協力したいのに対し、妻はすでに物件選びからスタートしていた。妻に決定権をまかせているという約束もあったから、1年間という期間を縮小して妻に合わせることにした。

僕の言う協力とは、あくまでも妻のフォローであって知識を集めたうえじゃないとフォローできないと思ったから知識を集めるために時間が欲しかっただけで、その時間を縮小するとなれば正しい知識が足りないままだということになる。

おかげで、知らないことがたくさん飛び交うことでオーバーフローした脳内のせいで仲介業者の担当者の言われるがままに意味の分からぬたくさんの書類に署名捺印することになった。

もう疲れた。意見を求められたら妻の意思を確認して、すべて妻の意向に合わせた。妻の機嫌はよくなった。これが妻の求めるバックアップらしい。バカか。

僕は宇宙へ向かうロケットの燃料タンクだ。燃料を使い切ったらパージされて終わり。宇宙空間に漂い続けるそれだと思った。家を買うための道具。ぼくは家を買うための道具。家を買ったらパージされる運命。

 

離婚はしたい。何度も離婚したいと考えている。けれども、子供が生まれて成長を続けていくうえで離婚はできないと思った。辛いことが想像できるから。親権問題になれば妻が持つだろう。だったら僕が子供に会えないことが辛いし子供も辛いだろう。

それに、僕が親権を持つとなれば両親のいない僕が誰か親族を頼ってまで仕事と子育てを両立する術がない。妻には両親が生きていて、マイホームは両親の家の近くの建売住宅に決まった。ぼくはどこにも居場所がない。

そういうことを考えると、いくら憎悪しても離婚は現実的ではなかった。その結果、結婚を継続し続けることになるんだけど、僕が変われば一番早いから僕が変わることで安泰とみせかけた家族生活は続いていく。家族持ちで離婚した人がどれだけの問題があったのか知らないけれど、それができることがどれだけのものなのか僕には理解できなかったから、今後絶対にしないと思った。

すり減る精神溜まっていくストレス。子供が寝静まると妻はコーヒーを淹れてバラエティ番組を見る。その音すら嫌悪するようになっていた僕は、音楽を聴きながら自分のやらなければいけないことをするようになり、音楽を聴いていてもバラエティ番組の音が耳に届いてくるからノイズキャンセリング機能の付いたヘッドホンを買って、妻の雑音をかき消した。

1年という設定だったマイホーム計画は6ヶ月に短くなり、3ヶ月にはマイホームに住むことになった。やっと終わったと思っていたマイホームというステージは終わりではなかった。

引っ越しの荷物整理、これからやっていかないことが続いていくことに絶望した。

これやっておいて、あれやっておいて。わからないことを聞くと怒られる。

妻のサイクルはあまり変わらないのに、僕のサイクルはどんどん変化していく。

長女と次女のために二段ベッドを妻のお母さんが買ってくれた。長女がベッドで寝たいということで、僕と長女がベッドで眠り妻と次女が布団で寝ることになり、部屋が離れるようになったので、よく眠れるようになった。

そんなある日、二段ベッドでいつものように長女と寝ていたら「パパ・・」と僕を起こした。「おしっこでちゃった」と、長女は悲しそうに言った。

まず、長女のパジャマを着替えさせた、そして、妻と次女が寝ている寝室に布団をひいて長女を寝かせた。そのあとにオネショの被害範囲を確認したら掛け布団からシーツ、それにオネショシートがすこし剥がれていたことで敷きパッドも濡れていた。

さっそく濡れた寝具を剥がして洗濯機に放り込んで洗濯しようと思っていたら、脱水の済んだ衣類が洗濯機のなかに残っていた。すぐに眠ることはできそうになかったから、ヘッドホンを持ってきて音楽を聴きながら洗濯の終わった衣類を洗濯カゴに入れて、おしっこで濡れたシーツをシャワーで洗い流し洗濯機の中へ入れたけれど、チャックの付いているモノは洗濯ネットに入れるように妻から言われていたことを思い出し、ネットに寝具をそれぞれ詰めていると妻が起きてきて何か言っていたからヘッドホンを外して妻の声を聞くと「オネショシーツはネットに入れたら脱水しにくいから入れないでよ」と言われた。ぼくは言われたとおりに洗濯ネットに入っていたオネショシーツを取り出して洗濯機へ放り投げた。

妻は寝室に入ったので、僕は2階のベランダへ行き、干されていなかった衣類を干すことにした。

音楽のおかげか、苛立ちはまったくといっていいほどなかった。深夜2時の真夜中の夜空が綺麗だとも思えた。すると妻がベランダの窓を開けて何か言っていた。ヘッドホンを外すと「ありがとう」と無機質な声で言った。ぼくは頷く。負の感情でお礼を言われて嬉しい奴なんているのだろうか、そんな声で言うなら言わないで欲しかったと内心思いつつ、そういう感情に取り込まれたくないから音楽の世界に入り、妻の残像を消した。

洗濯物を干し終わってベランダの手すりに身体を預けて星空を見る。久しぶりで新鮮だった。ベランダから中へ入ろうとすると窓に鍵が掛かっていた。

 

妻に悪意がないのは明白だ。そういう人ではない。

しかし、さすがに寒すぎる。このままだとぼくはベランダに残さたまま妻が起きるであろう4時間後までベランダにいなければならない。いや、いま僕は圧倒的に正しいことをしている。だったら起こすべきだろう。どうにかして。

ヘッドホンで音楽を聴いていたことが幸いしてスマホを持っていたこと気がついたぼくは、妻に電話を掛ける。

一回目の電話では出てくれなかったけれど、2回目の電話では出てくれた。「なに?」かなり機嫌の悪い声だった。「あのさ、ベランダの窓開けてくれない?中に入れないんだけど・・」「は?」「だからさ、鍵開けてくれない?」通話が切れる。

妻が2階へ上がってきて窓のクレセントを開けて窓を開けた。ようやく事態が飲み込めたようだ。僕はようやく室内に戻ることができた。妻が何か言っているから、ヘッドホンを外して声を聴くと、「わざとじゃないから許してよ」と言っていた。僕は「うん」と言って再びヘッドホンで耳を塞いで妻の声の残像を消した。妻は1階へ降りていった。

いつもの感じで咄嗟に「うん」と言っただけで、許してよと言われたことに「うん」と返事をしたわけではなかったけれど、体裁上はわざとじゃないから許した僕がいた。だから妻は1階へ降りて行った。だったらわざとなら許せないのだろうか。僕が妻の声を聴こないようにするために、わざとヘッドホンをして音楽を聴いている行為は許されないのだろうか。わざと優しい声色で話し、なにかあるたびに「ごめんね」とわざと謝り、機嫌を損ねないように演技をし、わざとが多すぎるぼくの日常は許されないことばかりじゃないか。

なぁ、正しい正しい正しい正しい。正しいからって何をしてもいいのかい?だったら僕の正しさを主張したらどうなると思っているんだ?結末は分かっているだろ?君がそれを望んでいるのならそうしてくれ。

これだけすり減らしてこれだけ努力してもどうせ下請けなんだろ。使い捨ての。

この現状になんの生きている価値があるのだろうか。何の価値も見出すことのできないぼくは希望を見出だせないでいる。今日は朝から家具の買出しをするようなスケジュールになっている。どうせ妻の欲しいものを買うだけなのにぼくは一緒についていかなければならない。苦痛しかない。時間の無駄でしかない。

少なからず苛立ちは頂点を超えている。離婚することで解決することができる。しかし、考えても考えても離婚はするべきでないと思う。いくら自分を犠牲にしてでも。僕は防寒着を着込み、釣り道具を持って僕の車はもうないから、妻の車に乗り込んで港へ向かう。

 

何度もタバコを吸ってやろうかと思って、コンビニを通るたびにタバコを買うつもりでいたけれど、駐車場間近でやめた。気がつけばもう漁港までの道のりにコンビニがなくなってしまっていて、タバコを買えなくなってしまって到着した。まだ夜が明けてもいないのに、漁港にはそこそこアジンガーとサビキ師が集まっていた。今、この漁港が釣れているというひとつの証拠を見つめることができただけで胸が高鳴る。

ラインの先にはノットが綺麗に編み組まれてはいたけれど、このラインは何年前のラインだったかさえ忘れた。劣化して高切れしないでおくれと願うばかりだ。0.5gのジグヘッドにオキアミカラーのグロータイプのワームを刺し、形がちょっと歪だったからもう一度抜き刺してきれいな形に仕上がった。サビキ師の年寄り達の笑い声が聞こえる。この人たちも家族に苦労したのだろうか。ぼくにもその年になったらそうやって笑うことができるのだろうか。

 

キャストを繰り返す。数m横にいるサビキ師がアジを掛けているのに僕にはまったく釣れなかった。

09:00から家具を買いに行く予定を妻とスケジュールを共有できるアプリに僕が書き込んでいた。僕の仕事は書き込んでいるのに妻の予定は一切書かれていない。それなのに、ぼくの不定休の仕事をしっかりと書き込んでいないと怒られる。

理不尽だとは思う。だけど、その理不尽で家族が成り立っているのならそれでいいと思っている。だけど、理不尽を覆すには圧倒的な正しさが必要だと思う。ぼくが圧倒的な正しさになる必要があると思う。それは無理だと思う。

 

ピュっと風を切ってロッドを振る、常夜灯があるおかげで海面の輪郭に波紋が広がる形とポツンという音が聴こえた。なにも釣れずにぼくはキャストと移動を繰り返す。午前7時。すでに朝を迎ていた。妻は起きているはずだ。スマホが震えないことが怒っている無言の圧力にしか思えない。

もういいやと思った。また妻に怒られるだろう。だけど、そうやって自分を汚すことで自分の正しさを消さないとやっていけない気がして今、僕は釣りに来ている。

最近雨が降っていないからだろうか、とても澄んでいる。久しぶりに生きている実感がした。

何も釣れないままもうすぐ9時になろうとしている。

約束を守らなかった僕のせいで遠出することが遅れた罪の意識で今日も地獄に笑顔で向き合える気がした。

ぼくは自分自身で自分の正しさを汚すことに決めた。